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人生さそわれるうちが華

58ビョウ デ デンセンシタ オイチャン ノ アジト

 

献杯


Edit Category こっちのパンク
参列をしてきた。


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ここへ。


この日はオレのミチロウ告別式。


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節目の一日にしたかったので何としても行きたかった。そして、献花台の前でしっかり手を合わせて来た。


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バラエティに富んだ素晴らしい音楽葬だったと思う。

只、年寄りには長過ぎた(笑)ある程度とは思ってたけど、17時開演の22時終演の5時間て!降りて来てたミチロウもしんどいで(笑)


勿論ソールドアウトだったので立錐の余地無く突っ立ったままの開演後最初の45分でオレはギブ(笑)多少動いてりゃまだ楽なんやけどね。

実は前日に、寝違えたのか捻ったのか腰が痛くて、猫背のまま足を引き摺りながら遙々お江戸まで向かった年寄りには5時間立ってるなんてとんでもないハナシ。喫煙所行ったり、物販横のモニターで見てたり、階段で休んでたりしてちょいちょい出入りしてた。何やかんや3分の2休んでたんちゃうか(笑)


演者的には、先月のイヌイジュン還暦&バイバイミチロウと銘打った高円寺でのライヴとは対局のメンツ。(こっちの裏追悼も行きたかったけど予定調整検討してた矢先ソールドアウトで叶わず)

でも正直、この日の謂わば表追悼式に誰が出演するのかっていう興味も、誰を見たいも何が聞きたいとかも一切無かった。だから演者の写真は今回一枚も撮ってない。


圧巻だった、達也、久土、坂本に切腹ピストルズが絡んだ「ロマンチスト」「解剖室」初め、沢山の演者が各々の色でミチロウに聴かせてた。その他もサブイボの出る瞬間が沢山あった。でもこの日の曲レポもしない。


只、各々の演目に関して個人的に思ったコトをひとつだけ。

後半のセットユニットの何処かで、何か一曲だけでええからボーカルを抜いたインストで演ってほしかった。ミチロウが唄ってたその時のアレンジのまんまのを。ミチロウが唄っていたパートをオレは感じたかった。声を想像したかった。ステージにミチロウのギターが置いてあったから尚更。そして何よりミチロウも一曲ぐらい唄いたかったと思う。


今回、ステージの右側の大型スクリーンで開演前はライヴの映像が、演者間のステージセッティングの間は最初期から時系列でスライドショーとして流れてた。

ミチロウの死を改めて実感し、受け入れ、オレの中に真の節目が付けれた気がしたのは勝手ながらこっちの方。


今回来れて本当に良かった。

何より公式の告別音楽葬に参加したかった。

それは多分、清志郎の告別ロック葬に参加したかったのにどうしても出来なかった悔しい思いも残ってるんやと思う。清志郎の時はなかなか節目が付けれやんだから。


好きだった人もいつか死ぬ。それは早かれ遅かれ必ず受け入れる。只受け入れ方がオレには大事。自分の中の節目の付け方っていうのがさ。


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こういうのはいつまでも胸に留め置いていたい。




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気に入ったのは別に撮って(笑)


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こっちも。



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こんなんもらった。


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際になって配布されるの知ったんやけど、ひとつづつミチロウ使用済とかのピックが付いててサインが入ってたら当たりらしい。勿論ハズレ。


そして、この日の記念にこれを買うて来た。


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これ着た日は、献花台の前で合掌したこの日のコトを思い出そう。

そして、節目の付けれた心でこれからもミチロウの音を聴いて行こう。


今度はオレが死ぬ日まで。


令和元年10月14日に献杯。



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Comments

 
コメント入れようかどうしようか悩んだんだけど。
行くべきだったか、行かなくてよかったかの結論はこの記事読んでも出なかったから。
俺個人の想いとしてね。

ただ、書かれてるみんさんの会場での様子。
コレを読んで思った。
隣りに居たかったって。
喫煙所で階段で意味のあることないこと喋りたかった。
気持ちを分かち合いたかった。

あと、ヴォーカル抜いてうんぬんのくだり。
コレ読んで思い出したのは清志郎が亡くなった年のチャボのバースデイ・ライヴ。
DVDで観ただけだけど。
みんさんも観たかな?

「いい事ばかり」をずっと主旋律で唄って、最後の♪金が欲しくて♪ずっとの箇所に来た時、マイクに半身で向かって反対側に清志郎が居るかのように自分が長年唄い続けたコーラスパートで唄ったこと。
やるヤツがやるとクサい。
でもチャボはやって許される人だし、全然白々しくなかった。

なかったからダメっていうんじゃなく、こういうのがあればよかったな、と。
やって許される人、何人も居たと思うから。


 
 
ゴメンね。結論出ない綴りで(笑)

でも、オレね、誤解恐れずに言うと会場脇のモニター見続けてて、正直フィルムコンサートでもいいと思った。

それの方が、(少なからずオレにとっては)節目をつけれた様な気がする。

んなら、行くなってハナシやけど...

勿論、演者の良し悪しやないよ。

みんながみんなスゴい心のこもった演奏やったし。


でも、途中で何回も会場を後にしようか迷った。正直言うと。

でも、オレにはミチロウがこの場所にいると思ったのね。最後まで。だからオレも最後までいた。

ついでに言えば、ラモさんが行った高円寺にもミチロウは来るって思ってたからオレは行きたかった。

追悼ライブって演者が気持ち良くなるんじゃなくって、故人が気持ち良くなって欲しいモンって、オレは思ってて、清志郎の時も腐る程あったけど、やたら冠だけを拝した借名ライブはやっぱり虫酸が走るの。あくまでもオレ的にはね。

だからこそ、今回の公式のは、ミチロウに贈る、聴かせるだけじゃなく、演者の演奏の何処かでミチロウを感じたかった。

チャボ(勿論知ってます)の様に出来る人沢山いたと思うし、その機会って何処かであったはずとオレは思ったから。

ラモさん、もし来てたらミチロウ談義にたっぷり花を咲かせれたやろなぁ...時間ホントにたっぷり過ぎるほどあったし(笑)

ラモさんだけじゃなく、毎度の“愉快な仲間達”誰もいず?のボッチだったので、寂しかったです。(苦笑)

 


 
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もう、残りの余生は細胞の欲する音のみを聴いていくのです。

 
 
 
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