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人生さそわれるうちが華

58ビョウ デ デンセンシタ オイチャン ノ アジト

 

ねっちょりボイスでMVP!


Edit Category こっちのパンク

暑い・・・暑すぎる・・・

プール行きたい。でもおっさん一人で行った日にゃ通報モン・・・



昨日は久しぶりに晩メシに米粒を食うた。

嫁夜勤やったので、サラダをたっぷり食って、米は少量、おかずも少量、ゆっくり噛み噛みして一人メシを終えた。

一滴も酒入れず。夜サッカー観たかったんで。飲んだらもう最近はすぐ寝ちゃうんでね。

でもサッカー、何か勝っちゃったね!


サッカー始まるまでの間、スニーカー特集の本読みながら、これを聴いてた。


スマ・ロ子  『Punk FestivalⅡ』

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八田ケンジ18才、蒼き高校3年生の時の札幌・道新ホールでのライブ盤。

アマチュアパンクバンドの祭典で、トリを務めた。でも、ホールライブってスゴイよなぁ・・・


探してみたらあった!
スマ・ロ子 「my way」


カッコええね!青臭いのは当然。この時代だからこその青臭いカッコ良さなんよ。

マイセルフなシャツは俺らの時代を投影してるし、俺も描いた描いた!


ケンジも
名古屋の強者達と同じ俺の一コ上。そやから、これも30年前のやで!


すんごい昔、スマ・ロ子はカセットで聴いたコトがあって、これが又、孫テープどころか、何代遡ってるんや?これ?っていうぐらいの酷い音源で。スタジオデモかライブかの区別も出来やんぐらいの。昔聴いたスタジオデモって客?の声も入ってたりしてたからね。

そやから、その時得た情報なんて何も無く、ケンジの高校の時のバンドって認識しか無かった。

実際、遠き北海道の地でもこんなシーンが興ってて、同世代でこんなに活躍してた一人やったんやねぇ!って、その後で知ったんやけど。

当時から変わらない独特のねっちょりボイス全開で、この後の『イギリス』もカッコ良かったし、結局、KENJI & THE TRIPSとしての『FROM RABBIT HOUSE』、メジャーデビューシングル『DIANA』まで聴いたんかな。

ツボ刺激されまくりのカヴァーアルバムは当然買うたけどね♪

これは又いつか綴りたい!いや、綴るべし!


ケンジはもうひとつ。

この漢が23の頃、ドラムやめて刺青師になろうと思ってたところを電話で引き戻した大殊勲者!!

それが無かったらって思うとゾッとする・・・

ケンジ!でかした!

いや、ほんまに(笑)

グラウンドからの声と一つ星からの声


Edit Category Family Tagged  あっちのパンク 

今日は休みやったので、近くの球場で高校野球の地区予選を観て来た。

俺の先輩の子供で、息子の中学校の後輩がキャプテンで出てるので。


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去年は息子がこの大会に出場した。1番サードで。初戦でサヨナラ敗退やったけど。

1回戦勝てば2回戦が地元のケーブルテレビでテレビ中継されるっていうので、父兄共々必死の応援も、“絶対に負けられない戦い”に負けた(笑)

あれからもう一年。早いなぁ・・・

今日は応援校勝ったけど、勝っても負けても暑い中、彼らはほんと頑張ってるって思う。

息子が高校球児になるまではそこまで感じやんだけど、実際に親子共に経験して実感した。

毎日毎日、夜おそ~まで練習して、土日になりゃ、もっと早い電車に乗って、遠征でバス乗って方々へ練習試合に行って、ほんとストイックで野球漬けの3年間を過ごした。

俺には到底無理(笑)

息子にとっても、その3年間の間に、そこまでの人生の中で最大(であろう)の挫折も味わい、嬉しさも味わい、勝ち負けも大事やけど、もっとこの先の人生に於いて必要な大切なモノを沢山経験させてもらったってつくづく思う。

嫁もその生活に一体化してサポートしてたから親への感謝も実感してたし。

俺は何もしてないけどね(笑)試合観に行って一喜一憂してるぐらいで♪



でも、どの学校もそうやけど、今日も試合に出てる選手は勿論、ベンチにいる控えの選手の姿勢にはホントに頭が下がる。レギュラーメンバーを盛り上げて、サポートして、力鼓舞して、チーム一丸っていうのはこういうの言うんやと思う。

何か鳥肌立つもんな。

息子も随分助けられたし、陽の目の当たるトコロには必ず偉大なサポートがある。

今日もホント暑かったけど、今年もグラウンドから、ベンチから、スタンドから、白球を追い掛けるヤツらみんな頑張って欲しい!



今日は道中これを聴いてた。そんで今も掛けてる。


JOEY RAMONE 『YA KNOW?』

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ジョーイの未発表のデモ音源に、友人であるジョーンジェット、リッチーラモーン、プラズマティックスのメンバー、他多数がオーバーダビングでレコーディングしたソロアルバム。

発売も全然知らんでツイッターで知った。最近情報に疎~て。

1996年の解散前後に作成していたんやてね。

散々、ラモーンズの音(ジョーイの声)聴いて来たのを経て、今このソロアルバムに思うコトは、曲云々より、何か心地良い。フロントマンの時よりも遙かに余分な力ゼロのリラックスしたジョーイ節に包まれるって感じ?で。

ロックな曲もあるけどさ。でもリラックスリラックスって感じる。ジャケットは攻撃的やけど(笑)

それが俺の素直な感想。

これなんかまさしくちゃう?
『MAKE ME TREMBLE』

そんで、最後のアコギでの
『LIFE'S A GAS』で完全そう思たな。



今日も寝る前に聴こ♪

たまにはカラフルな気分で♪


Edit Category Family Tagged  こっちのロック 

あっついな~・・・一年中真冬でもいい俺には早くも耐えられやんご陽気になってきた。

あ~、このまま、20秒目瞑って、目~開けたら秋になっててくれやんやろか・・・


息子の夏休み期間が解り、8月の上旬には帰って来る予定。

今年の8月は俺も嫁も何かと忙しく、なかなかお互いの休み合いそうもないんやけど、息子は大学の休みなんで9月の中旬まであるらしい。

娘も2年目になって希望で休み取れる様になったんで、9月に一日休み取れるか聞いたら取れるとの事♪

ってな訳で、今年も“我が家恒例夏休み家族旅行”の計画を立てた。


振り返れば、夏の年1回だけやけど色んな所に行ったなぁ。子供ら物心付いてからは。

俺はカメラはカメラでもビデオカメラ派で毎年の旅行も全部納めてDVDに編集してある。やっぱ動画やで。

モノより思い出の俺にとっては、何つってもこれは宝物。

何かあれば、これをいの一番に持ち出すって決めてんので。


この毎年一回の夏の家族旅行への思い入れは親父(H4没)の影響が身体に染みこんでる。

親父がくれた楽しかったガキの頃の思い出を、自分が今度親になったら、そのまま子供達に伝えたいって想いから始まってて。

親父には、ガキの頃から毎年夏休みに色んな所に連れってもらった。国内ばっかやったけど、キレイな海から観光名所まで。

でも実は一番多かったのが、遊園地の絶叫コースター系。

親父はこの上なくこれが大好きな人で、どこそこに「最大斜度」、「最高速度」、“ギネス日本一”とかの触れ込みを目にしようもんなら、その年の旅行はそこ(笑)

お陰で俺と妹はガキの頃から絶叫系の英才教育を叩き込まれ。そんでそれを又、子供ら二人にも継承してる。色んなトコで乗りまくったなぁ。

反対に嫁はてんでダメ。完全な荷物番。只、子供らがガキの頃までは。

っていうのも、子供が二人とも大きなって身長制限オールクリアしようもんなら、嫁抜いたら乗車3人になる訳で、そうしたら俺の横にオッサン乗って来る可能性もある訳で(それをオッサンが言うところがミソ)盛り上がりに欠けるので無理矢理乗せる様にした(笑)

そうしてからは、足下覚束なくこの世の終わりみたいな顔で階段下ってく嫁を、俺ら3人がギャハハハ!って笑うのが我が家のパターンになって(笑)


去年同様、今年も一泊しか4人揃っては無理やから、近場で十分。一泊で十分。
4人で行けるのが何より重要なんやからね。

昔は何より子供中心の場所やったけど、今は違う。家族の和の中で各々が自由にまったりとのんびりとして、ちょっとばかしの英気も各々が養ったりして。
そんな大人な旅行の楽しみ方に自然に変わっていってるのも子供達の成長の証しってほんと思う。

子供達もいつか自分の子供が出来たら継承していって欲しいな。


毎年の事ながら、あれやこれや計画してる時間が楽し~て仕方なかった。

んな訳で、ちょっと気分がエエのでこれを聴いてる。


PUFFY  COVERS (笑)

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カヴァーっていうても楽曲提供のミュージシャンのセルフカヴァーが主で。


PUFFYはちょっと前、初めてレンタルで『honeycreeper』ってアルバム借りて聴いた。

2007年リリースも全然知らんかったんやけど、クロマニヨンズ、チバ、吉井和哉、そしてグループ魂(よっ、待ってました!)など沢山のミュージシャンが楽曲提供したヤツ。

それが、スゴイ良かったんよね。

あった、あった♪ 
『妖怪PUFFY』  提供 グループ魂 (笑) う~ん、愛を感じる!最高!


PUFFY自体は、全然詳しくないけど、昔テレビで流れてた曲や陽水や民夫が曲提供してたぐらいは聞いた事あった。何かの歌番組で二人がPUFFYの曲唄ってたん観た事あったし。

ちょっと調べてみたら、すんごいいっぱいのミュージシャンから楽曲受けてるんやねぇ。

上記以外にも、林檎にせっちゃんにギターウルフとか、ビックリしたわ。

このアルバムも民夫、陽水に始まり、クロマニヨンズ、せっちゃん、バースデー、ギターウルフ、スピッツ、氣志團、と、「honeycreeper」の曲だけに留まらず、なかなかなメンツ揃いのセルフカヴァーやったので買っちゃった。

カラフルな楽曲揃いでなかなかええね。そんな中、やっぱ、『渚にまつわるエトセトラ』 by グループ魂 が最高!  

歌前コント長いわ!でも大好き!石鹸の“おば~ちゃん、あぶな~い”も聞けたし(笑)

カニたっべ行こ~♪ってこれ聴いてカニ食いに北陸行くか一瞬思たけどカニは冬やった。


夏の旅行楽しみやな♪

楽しみが出来て何かちょびっと元気出てきた。オッケ~!乾杯!

ちょっと、たりなくない 至福のG・O・D


Edit Category 名古屋パンクシーン

肩痛も騙し騙し付き合っていたらだいぶ楽になった。

でも何か、いつでも暴れてやるから調子に乗んなよ!的に肩に鈍痛が残ってる感じが怖い・・・


今日は、ほろ酔いでこれを見てる。いや、今日もやな♪


 GOD 『ちょっと、たりない GET DOWN VALIS』

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既所有のデビューカセット「ちょっと、たりないチンピラ」とミニアルバム「GET DOWN VALIS」がセットになって、あら嬉し♡

ってな、良くある再発モンな感じで済まされる訳のない強力な盤!!


未発表曲(っていうてもその筋にはお馴染みの曲をルーズフルにアレンジしてテーマ曲?に)あったり、「GET~」よりも「ちょっと~」がトンでもない音になって甦ってたり(これどんなリマスタ掛けてるんやろ?)、まるで新譜買うた気分やった。

それと、多分期待に応えてくれるであろうと、密かに、いや大いに楽しみにしてた良次雄のインナー。

ほんま期待の百万倍楽しませてもらったわ。

達也とNONとの出逢い、話には聞いていた突然名古屋へ来襲したミチロウとの出逢い、(栄の達也の自宅まで単車3ケツで行って夜通し語り合ったとまでは知らんかった)には思わずニンマリした。

「化石」や「ゆめ」を初期の原爆で演ってたっていうのも、「ストリートジャンキーブルース」や「あきれちゃう」、「俺だぜ」などが良次雄んちのベッドの上で産声を上げてたなんていうのも、名古屋シーン大好き人間にとっては涎モンの話ばっかりで♪


これだけでもお腹いっぱいやったのに、何と言ってもカップリングのDVD!!

良次雄と達也が早々にスターリンをクビ(笑)になり後の盟友NONとexオキシドールのGUNを上京させ、THE GODとしての83年渋谷ラママでの狂演。


この後に脈々と続いて行ったTHE GODも勿論好きやけど、これは紛れもなくGENBAKU OXYDOLL(G・O・D)やな。原爆初期の曲やオキシドールの曲が前面にビンビンに出てて失禁したよ。


渋谷LA MAMA 1983続き (本当は1983年ね)

一曲目の「SAKE」でNONがタバコ吸いながら佇む姿、そっから、“お~愛してるぜ。スロスロスロ、スロモーション”で「スローモーション」へ入るカウント、そっから「イライラ」へ続くカウントと、曲だけに留まらずNONのカウントはチンピラチンピラしててほんとカッコいい!そっから、俺がMADE IN 名古屋の曲で、指折りで好きな「こわれちゃう(あきれちゃう)」に繋がる怒濤のオープニング3連発は何回見ても尿道が緩む・・・

達也はモヒカン(っていうよりトロージャン)で当然蝶メイクで、良次雄曰く“ロックバンドには一人は金髪のやつがいるべきなんだ”っていう持論エスカレートで全員金髪やけど(笑)


俺がこのDVDを今でも寵愛する理由は、もう何回も書いてるけど、激後悔先に立たずの当時多分観たはずも全く記憶に無い良次雄時代の初期原爆と、観るコトすら叶わなかったオキシドールの雰囲気が残っているからに尽きる。

間違いなく映像モノで3本の指に入るもん。


スターリンの時よりも自由でラフで不良さと厳つさ全開で吼えまくる良次雄、思い入れたっぷりだったオキシドール活動停止翌年の当時19才のNONと達也の「ホワイトブラッド」「スピード」と。もう至宝ですな。

最後の、これも大好きな曲「チェインチェィン」でNONがプリプリキュートな尻全開して、チ●毛出してマイク竿にして、それを良次雄がネックでコンコンと刺激して♡

こっちが昇天したわ♡


ほんま、ちゃんと観たかったなぁ・・・あかん!又激後悔のビッグウェーブが襲って来た・・・

2012.7.1 EPISODE 1


Edit Category 名古屋パンクシーン Tagged  思ひで回顧 

片付けやなあかんコトの優先順位を忠実に守ってコトを進めていたら、何とも前回から一週間も経ってしまってた。

それと肩痛・・・パソコンでキーボード打つ肘の角度が一番痛かったのに、前記事で興奮の余り調子に乗ってアホぐらい長い文を綴ったツケが来たのか・・・暫く調子が悪かったのも併せて。


でも、今日はちょっとマシなので綴りましょ。


先週の日曜に
オキシドール観に行って以来、早速同伴者がYou Tubeにもアップしてくれ再興奮し、改めてELLのオムニに始まり、所有の音源全て聴き直したりして、興奮の余韻の残る一週間やった気がする。


そんな中、これはライブ前に絶対綴ろ思てたんやけど、結果前後して正解かも♪

でもこれといった理由はナシ。単なる今の俺の気分なだけ♡


OXYDOLL   『LIVE SUICIDE TAPE 1983』

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他所有の音源達とは違う初聴きの音源やったし(噂には聞いた事あったけど)、誰の新譜であれ復刻であれ、どんなリリースもてんで心待ちする事がご無沙汰やった俺には超ビッグニュースやった。

ほんと指折り楽しみにしてたな。



そこで唐突ながら、みん版『オキシドール エピソード1』を綴り残しておく事にします♪


前回記事でも書いたけど、このバンドのライブはリアルタイムで見れた可能性が決してゼロではなかったにも関わらず、観れなかったのは俺の激後悔の一つ。

初めて存在を知ったのは、高1の終わりか高2の初め頃見た何かの音楽雑誌の、今期待のバンド特集?みたいな記事やった。

沢山のバンドが掲載されてて、小さい乍らもその一辺に記されていた、『名古屋』って文字が印象に残って。

スタークラブはもう聴いてたし、当時の俺のパンク熱は東京や大阪のよりも、生活圏の名古屋やったんでね。俺個人で言えば東京や大阪の熱はその後。

アングルもカットも、もうすっかり記憶薄やけど、達也は蝶メイクやったと思ったし、見た目のインパクトもコメントもパンクバンド!それも名古屋!って事で要チェックで。バンド名も高校の時の脱色はこれしか無かったんですぐ覚えれて(笑)


それで、それから余り間を置かずして、スタークラブ観に行き出したいつぞやの時、手に入れたフライヤーにOXYDOLLの文字見っけて、“あっ!あのバンドや!”って思ったのは鮮明に覚えてる。

ELLの年表見ると、初めてのクレジットが82年8月10日で12月13日にELLオムニのレコーディングライブと31日大晦日のオールナイトイベントのこのCDのライブやから、多分この辺の頃のやったんちゃうかなぁ?

でも、その当時は他のライブにも行ってたんで、金銭的にも時間的にも、ELLへは月イチか2ヶ月イチでスタークラブ見に行くぐらいがほんと精一杯で、例え興味あっても、音源聴いた事の無いバンドを見に行く冒険まで到底出来やんだ。

でも、82年の6月20日にスタークラブのオープニングアクトでやってたって随分後に知って、何でこの日に行かんかったんや~!!って、最初の激後悔したけど、でも当時はリアルタイムの情報収集って乏しかったしなぁ。


初めて音源耳にしたのはやっぱりELLのオムニ。録音してもらった音コモコモのカセットで。

それをいつ頃聴いたのかは全く記憶が無い。年明けての83年はクレジット無くなる4月14日まで月イチワンマンでELLでやってたみたいやけど、多分その後やったと思う。

その前なら絶対何とかして行ってたと思うし。

初めて聴いた時、純粋にカッコ良かった。思い入れ強かった名古屋発パンクっていうのを抜きにしても。同世代やから思うカッコ良さっていうのもあったし。

そして、ライブレポでも書いたけど、このカセットで初めて聴いた達也の『コミュニケーション』のドラムは衝撃やった。

当時同じ時期に曲がりなりにもバンドしてた(周りも含めて)中でこんなタイコ叩くヤツはいる筈もなかったし。

もうこれと原爆(これも又カッコよろし!この頃の音大好き!)ばっか聴いてたな。



それから約30年の年月を経て、突如この世にお出ましのこの盤。

音自体は他に聴いてたライブもん同様、初期衝動の暴発が全面に出て、そりゃもう殺気立っててスリリングの一言。

それと、改めてマジマジと歌詞を見れたのは感慨深いモノがあった。

作詞は全部NONと思ってたのに、達也が2曲書いてたのは以外やったし。

そりゃ、言うても高校生、歌詞は青い時代のモノだったり、当時のスタークラブの匂いにビンビン影響されてる感じのモノだったり。でも、そんなの全部ひっくるめて同世代ならではの親近感が湧いたもんです。

歌詞だけに限って言えば『PARTY NIGHT』のイヤな事など忘れて楽しもうぜ系、『DAY&DAY』のNO FUN系、『お前が嫌いだ』のSHIT系、『FUCK DOLL』のエロ系まで(笑)俺らがちょっとはマジメにやってたバンドに近いモノがあったし♪

まぁ、せいぜい歌詞だけで、音圧は億分の一やけど(笑)


そして何より、
メンバーの寄稿があったのは嬉しかったし、興味津々で読んだ。明らかに自分しか解らない価値観で。

バンド名の由来も、昔耳にしたオキシドールトリビアで聴いた事ありも、NONの口から直接聞けて改めてニンマリしたし。

達也のコメントも、熱くて心底羨ましかった当時の名古屋シーンが手に取る様に想像出来たり。


ちっくしょ~!やっぱり、当時のライブ観たかったな。改めて激後悔の波が次々襲って来るわ・・・

映像も残って無いんかなぁ。う~ん、観たい!!再結成観てしまったから余計に・・・

因みに今、脳天気な音楽が蔓延る時代にモロ逆行して、俺が心底観たいライブ映像は、このバンドと、G/良次雄or狂児の頃のスタークラブ、Vo/良次雄の時の原爆オナニーズ、チフスの4大パンク!

叶いそうもね~!!

叶えて下さる方、もしいらしたらご一報下さい(笑)


実際に30年越しにこのバンドのライブが体験出来て、久しぶりにド興奮して改めて思ったけど、ロンドンパンクシーン、ニューヨークパンクシーン、東京のパンクシーン、大阪のパンクシーン、福岡のパンクシーン、色んな状況があったし、今でも好きやけど、比較出来ない思い入れが強烈に残ってるのはこの名古屋パンクシーンやな。

やっぱ。

30年越しのコミュニケーション


Edit Category 名古屋パンクシーン Tagged  思ひで回顧 

相変わらず、肩痛しっくり来ずも、興奮冷めやらぬ内にこれだけは綴っておかなくては!の思いで晩酌ビール1本にて綴ります。


昨日、待ちに待ったオキシドール再結成ライブに行って来た。


当日名古屋大雨やったんやけど、気分は高揚高揚で♡

ちょっとしたホールならチョコチョコあったけど、小箱なライブハウスでライブ観るなんて、旧ELLでのスタークラブ以来、ほんとそれこそ30年ぶりぐらいちゃうかな?


会場は名古屋大須のここ。


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同伴の従兄弟夫妻と合流し、茶~飲んで、のんびりと開場5分前に到着。整理番号1~3やったので(笑)

18時開場で早速店内へ。

一番乗りなんで当然、最前列の柵前センターちょっと左を占拠。達也も良く見える角度キープで♪


ell.SIZE(サイズ)という名称やから旧ELLと同じサイズなんかなぁって思てたけど、何か旧ELLより小さく感じた。後で聞いたんやけど、キャパ150で詰め込んで180とか。

旧ELLって、200で詰め込んで230とかやなかったかなぁ?

実は同じサイズで、昔は今より詰め込み過ぎてただけやったりして(苦笑)


今回も終演後、ライターの火着く訳も無かったけど、旧ELLの時の方が超酸欠で、一服よりヒーヒー言いながら表飛び出してた記憶があるし。

只、旧ELLと違うのは柵で区切り、3段階に段が付いててステージが少し高くなってる。

こりゃ後ろでもよ~見えそ~やね!なんやけど、一番前はちょっと見上げる感じ。


客層はやっぱり全体的に年齢層高し。そりゃそうやろ。だって、当時の音源はともかく映像が世に出てないバンドの再結成って無いんちゃう?

えっ!?こんな人も?って自分目線で思った人も沢山いたけど、俺みたいに自分しか解らん各々の思い入れがある人ばっかりなんやろなって勝手に思ってた。

ちょっとは前座目当ての若い子もおったけどね。

何でそれ解ったかいうたら、始まる前、隣にいた若い子が“誰目当てですか?”って聞いて来たんで、俺はすっかりノン?達也?っていう意味かと思ったんやけど、今日はトータル的に音を出す4人って意味で“いや、俺はバンド全体やよ”って返したのね。

そしたら、その子前座のバンドで拳振り上げてノリノリで、その子的にはオキシちゃん同じ土俵に上げられちゃってた始末で(笑)

トイレ待ちの時も、若い子に“やっぱ、オキシドール目当てですか?”“オキシドールのライブ観た事ありますか?”とか聞かれるし・・・

ちゃんと説明したよ。俺がいくつの時に解散して観れやんだのよ、年も全員ひとつ上でって!

もうこの年になったら腹も立たへんもんね。丁寧にお答えしました。


18時40分開場で、前座の2バンドを終え、

20時を超えた頃、ついに・・・


達也、GUN、YOUの3人が登場!やっぱり最初に達也に目が行った。当然すんごい近い距離やったけど。

そしたら、なんと蝶メイク!これにはブルンと身震いしたわ。このバンドで、この
『漢』のタイコ叩く姿を観れるという、30年間まさかこれっぽっちも思ってなかった事が撤回される事実も含めて。

その後、サッポロビール片手にNON登場。その風貌はやっぱりNONやった。年を純粋に重ねただけの。

黒のハットに赤黒グレーのストライプのヨレヨレジャケットにジーンズ、レオパードのチープなスニーカーで何かすごいブルージーな感じやったけど、首には見た事もない鋲のぶっといネックバンド。

そういや、達也が高校時、NONの事“高校中退して、いかしたファッションしてカッコ良かったヤツがブティックに勤めてて~”って言うてたやんね。

そのアクセントひとつで何かフロントマンの存在感際立ってめっちゃカッコ良かった。

そしてグラサン掛けて登場して来たんやけど、客煽りに煽って速攻外した時、見たそのNONの目尻にはちょびっとやけどクッキリと吊り上がったメバリが・・・

見た時最初はイカツクて、ちょっとギョッ!っとしてしまった・・・でもカッコ良かったな。


唄い方も前のめりでカッ喰らう激しさだけやなく、マイクスタンド持ったまま身体をゆっくり上下にするトコロとか、少し腰屈めた状態で内股で後ずさりしていく様とか、このバンド以降に目にした映像でのNONそのものやった。

ふと思ったんやけど、風貌がいつぞやの良次雄に雰囲気似てんなぁって。お互い嫌がるかな(笑)でも、同伴の従兄弟にも言うたら、同意やったから、もう、勝手に『名古屋流粋な大人の年の取り方』って事にしちゃいます♪


ちゃんとライブレポしよ思たんやけど、『COMMUNICATION』で始まった瞬間、興奮バロメーターのリミット壊れ、後のセトリあんま覚えてないんよね・・・

多分、順不同ながらも、『GODD MORNINNG MOTHER』 や 『PARTY NIGHT』、『ROBOT』辺りが序盤に怒濤の様に続いて行ったんやと思う。


そんな中、所々記憶に残ってるのを幾つか。

大昔にこのバンドを音コモコモのカセットで初めて耳にしたELLのオムニの一発目。『COMMUNICATION』の達也のドラムが衝撃的だったのが、今になっても当時のまま残ってる中、超至近距離の爆音でそのドラミングをマジマジ見て身震いした事。

『MY JAPAN』 に入った時、それまでの強烈な縦揺れから強烈な横揺れに切り替わった事。

NONが床に置いていた飲みかけのビール何本も倒してステージビチャビチャになった事。

中盤にNONが足放っぽり出して座り込んで、達也の方向いて、“疲れた!ちょっと休憩させてくれ!”っ的に(多分)、何か言うたにも関わらず、達也が無視して次の曲速攻でカウント掛けて、NONが“おい、マジか~”っ的に(多分)苦笑いしながら再び立ち上がったトコロ。

途中、NONが、“メンバー紹介した方がいい?”って切り出して始まったメンバー紹介では、達也がNON紹介しよとしたら、自分で“オカマのノンちゃんです”って自己紹介してたトコロ。

『HARD CORE』の途中のブレークでNONが“アッ!”って叫ぶトコロが遅れて、達也が笑ってたトコロ。

ものの1~2分を置いてのアンコールやったんやけど、その数曲の最後の最後に前座のVoの女の子飛び入りで『オ●コ(したい)』デュエットして“オ●コしたい~♪”って連呼して終演した事。

他も色々あったはずも、覚えてる優先順位がこんなトコロなんで思い出す度、付け加えていく事にしよ♪


NONと達也が度々アイコンタクトしてる様は、何かえ~な~って思ったり、全般どうしても、NONと達也に目が行きがちやったけど、LIVE SUICIDE TAPE 1983のインナーに、当時からGUNとYOUはNONと達也の二人をサポートする役、調整する役に徹してたって載ってた通り、当日もホントそんな感じがヒシヒシと感じれたし、はっちゃける二人を両脇で音でガシッと固めてた。


どんな再結成も過度な期待は御法度も、このバンドに関しては期待通り、いやそれ以上に全然色褪せてなかった。当然俺的に。

だって、全員俺より1コ上の先輩達のこのテンションとボルテージ。スゴイよ。こりゃ何をもってしてもスゴイ!っとしか言い様が無い。当然是も俺の感覚全くの自己中で。

実際目の当たりにして、今持ってこれやから、当時はもっと尖ってて、殺気立ってて、初期衝動全開で遙かにスゴかったんやろな。観たかったなぁ・・・ってほんと思う。より一層の激後悔再びです(涙)


この再結成にしても、プロモーション然り、超イイ意味で名古屋ローカルなんかもしれやんけど、もっとデカイ箱でやろと思えば出来た筈も(似合わんけどね)3つあるELLの中で一番小さい箱でやった事実。

観る前は何でやろ?っとか思ったけど、観終わった後、そこが、旧ELLの雰囲気に一番近く熱気を直に感じれる小箱であり、“解るヤツだけ観に来りゃええが!”的な印象がくっきり残ったライブやった気がする。

紛れもなく再結成が観たかったバンドの一つやったので、大袈裟や無く、歴史の証人になれた感じがした名古屋での一夜やったな。


ここで、観たくても観れなかった全国のご年配?マインドパンクスな方々に朗報をひとつ。

一緒に行った従兄弟嫁がグッジョブ!!動画撮って来ました♪


最前列やで客の頭の邪魔も無く、まんまの興奮度を共有です!



それでは、ご堪能下さい。血よ騒げ!!

GOOD MORNING MOTHER〜PARTY NIGHT




ライブ後、訳あって、急遽名古屋泊まりになって、今日の朝、ここへ行って来た。


旧ELL跡

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周りの店もすっかり変わり面影ゼロで、最初は一瞬解らんだけど、見つけた時はあの頃に瞬間タイムトリップした。

あの黄色いドア入って行く瞬間ワクワクしたな♪っとか、ライブ然り、何かと血気盛んな10代の頃、ここに度々足を運び、ライブ前にはこの辺に座り込んでダベリまくって、ライブ終わりゃ、この路上のこの辺で汗だく&酸欠の状態でヒ~ヒ~言いながらへたり込んでたなぁ、とか。今でも大好きな当時の名古屋のパンクシーンにどっぷりと心身共に浸かってた頃をしみじみ思い出してた。ほんと懐かしい思い出が沢山甦って。


そりゃ、30年も経てば、結婚して、オヤジが逝って、当時の俺よりもう年上になった二人の子供の親になり、肩痛相変わらず治らんおっさんになり果て、街並みだけやなく色んな事が変わりに変わっていった。


そんな中、30年間変わらなかった願いが叶った2012年7月1日に心から感謝してる。

 
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もう、残りの余生は細胞の欲する音のみを聴いていくのです。

 
 
 
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