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人生さそわれるうちが華

58ビョウ デ デンセンシタ オイチャン ノ アジト

 

吟遊詩人の咆哮


Edit Category SION Tagged  FAMILY 

日本で欠かせなく好きなのがこの人

SION

sion.jpg 



既発音源は全部持ってる。


曲も勿論好きやけどこの人はそれに乗っかる詞が刺さる。

この人の世界観から生まれる詞だったり、恐れ多くも共感する詞だったり、優しさが心に刺さる詞だったり、がもう大好きで、新譜買って初めて聴く時、何かしながらバックで流したり今までしていない。何かしながらしか時間が無いのなら、時間が出来るまで聴かない。

必ず、最初の最初は歌詞カード手にして聴く。

それぐらい俺にとっては重要な事なんよね。この人の詞は。

そうやって聴くミュージシャンは、後にも先にもこの人しかいない。

すごく詞に思い入れがあるから、毎年12月の下旬になれば当たり前の様に『12月』が頭の中で鳴るし、2月になればこれも当たり前の様に『2月というだけの夜』が鳴る。他にも沢山。


何か取り上げるにも、ひとつふたつに限らすのなんて到底厳し~んやけど、そこは何とかせにゃあきませんので、まずは。



プロモでは見た事あったものの、初めて客前で唄うシオンを見て度肝を抜かされた映像を。




コンクリートリバー   in 1987年 広島平和コンサート

これは衝撃やった。まさしく鬼気迫る咆哮・・・

どんだけの楽器が掻き鳴らそうが叶うもんやない。



それと、同じく度肝を抜かされたもう1曲がこれ。

12号室



彼女は美しかった まっ白な顔をしてた
きれいな髪をしてた 声もやわらかだった
彼女の室はいつも 花の香りがした
いい香りがした ものすごくあったかかった
彼女は人もうらやむほどの ほとんどをそこでは持ってた


そこに入る訳は 8つの俺でも解っていた
今より良くなるために 必要だと解っていた
そこは動物園だった みんな変な形をしていた
仲間ですよと紹介された こんがらがって涙が出てきた
こんな変なやつらの 仲間でも友達でもないと


一週間話せなかった 誰とも話せなかった
全部嫌いになった ご飯も嫌いになった
その日もベッドの中で じっと息を殺していると
誰かが蒲団の中に 手紙をつっ込んでいった
よかったら12号室の 私の所に遊びにおいでと


彼女は微笑んでいた ベッドに体を起し
ものすごいきれいだった 泣きたいくらいきれいだった
ほんの少し話をした 本当はもっと話したかったけど
恥ずかしくてどうしようもなくて そこに来て始めて表にかけだした
表に出て彼女の前で 走ったことをすぐに悔やんだ


彼女と話したその日から ほんの少しづつだけど
誰かの問いに答えたり 誰かに話しかけれるようになった
何人かの友達もできて やっとそこの暮らしに
やっとそこの暮らしに慣れてきた 3か月目の朝突然言われた
ここにいても君の場合はなんにもならない 君も家に帰りたいだろう


みんなとは違うと言われ ここに入ってきて
そしてやっとやっとここに慣れたのに ここも違うらしい
4時間電車に乗って 元いた教室に戻った
なつかしいはずのクラスの顔、顔 みんなよその国の人に見えた
今日からまた仲間ですと 先生は俺を紹介した


彼女は美しかった 彼女は美しかった
きれいな髪をしてた 声もやわらかだった
彼女の室はいつも 花の香りがした
いい香りがした ものすごいあったかかった
彼女は全てを持ってた、白く長いはずの二本の足を除けば


彼女は美しかった   彼女は美しかった   



この人の紛れもないノンフィクション。

イントロのピアノの音が耳にへばり付いてくる世界観の中唄われるこのノンフィクションストーリー。

悲しくて痛くて切なくて。こんな歌詞はそれまで見た事無かった。唄った人も見たこと無かった。

少年の心、それを弄ぶ腑抜けの学校教育、全てを持ってたはずの彼女の正体。全てに於いて衝撃やった。

色んな思いが複雑に絡まり合ってこれはいつ聴いてもたまらん。

今でも酔うてポワンとなった時なんかに聴くと涙腺がいつも緩くなる。



最後に。

去年、娘が大阪に美容師として家を後にした時に手紙と一緒に送った詞を。



いつでもここに いるから 

帰ってきていいんだよ

そう思えば あとひとつふたつ 

できる我慢も ふえるでしょ

がんばれがんばれ



はやいようで

長いようで

これまでも

これからも


がんばれがんばれ

早くも消えた一生のお願い (2)


Edit Category Family Tagged  思ひで回顧 

続きはみょ~にち言いながら何かバタバタしてて、みょうごにちになってしまいました。



気を取り直し、念願のロンドン!!

ロンドンのホテルには夜中にチェックインして、名前は忘れたけど結構街の中にあった。

もう嬉しくて興奮して、表出て行きたいくらいやったけど、現地添乗員に夜中の外出は絶対にお止め下さい!と釘を刺されてたので、窓からずっと、外を見てた。機内12時間とかで身体ヘトヘトやったけど。


昼過ぎまで観光でそれから自由時間やったと思うんやけど、寝不足もろともせず、テンションは最初からフルスロットルで、テムズ川でふざけ、ビッグベンやロンドンブリッジではスカし、王室騎兵隊の前ではタバコを吸いながらケラケラ笑い、キングスロードでは下品なモデル歩きで闊歩し(笑)一人再現シリーズで嫁そっちのけで満喫しておりました。


100クラブやマーキーやハマースミス・オデオンやカムデン・パレスも行きたかったんやけど、なんせロンドン滞在は1日と半(数時間)やったので叶わず、涙涙で断念やったです。


買い物で、最初に行ったのがLONSDALE、当時はやっぱりポールウェラーの出で立ちからね。今は通販雑誌で売ってるけど(笑)

ここだけ、ちょっと離れててタクシーで行った。


又この店が倉庫か?問屋か?っと思うぐらいディスプレーが全くされてなく、積み重なった中から無理矢理引っ張り出す感じで。“サイズ L?ノーノー!サイズ M プリーズ”とか言うて。

そこには何故かFRED PERRYもぎょ~さん置いてあって、併せて、Tシャツ、トレーナー、パーカー、ポロシャツとみっちり買い込みました。多分一枚1,500円ぐらいからとかで安かったし。




次にキングスロード行って、JOHNSONSでフライトジャケットとTシャツ買うて、ROBOTでラバーソール(黒バックスキンの)と小物を買うた。BOYでは何だかなぁ?って思い、何も買わなかったんやと思う。

でも今思うに、ここぞとばかり気の済むまで大量の買い物をしたはずがその戦利品が今どっこにも見当たりません・・・

後々、着なくなったヤツはちょくちょく後輩にあげてたり、フライトジャケットとラバーソールは初ライブの時の後輩に祝いであげたのだけは覚えてるんやけどそれ以外は全く・・・

どこいったんやぁ??押し入れやロフト探してもそれらしいモノ全く無いし。う~ん、不思議な限り。

まっ、今出て来ても多分着やんのやけど(笑)只、憧れの地でのお品っちゅ~ものが見当たらんのが何かいたたまれない気分なだけです。



それで何かここで戦利品を紹介したくそっこらじゅう探してみたらありました!!

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SEX&DRUG&ROCK ‘N’ROLL


P1020367_2KISSもあらら・・・


P1020365_3スティーブ君はこれ又・・・


P1020366_2シド君もこれ又・・・



さすがにあっちもん、二人は丸出し君なんで筆入れしときました(笑)



P1020368DEAD BOYSの輩達も・・・


P1020370_5キャプテン君も・・・あっ!これはいつもか(笑)


そんな訳で、こんなエロ本まがいのロック誌?がロンドン土産唯一の自分へのご褒美にしときます。


トホホ。

早くも消えた一生のお願い (1)


Edit Category Family Tagged  思ひで回顧 

かれこれ22年前に新婚旅行でロンドンに行った。

嫁に早くも使ってしまった一生のお願いで(笑)



もう当然リアルタイムからは13年の年月が過ぎてる訳で、無断で写真撮りゃ、“はい!1ポンドいただきまっせ!”のモヒカン営業パンクスしかおれへんかったし、なんじゃこれ?似非パンクスのポストカードが沢山あっただけやったけど。


でもやっぱり、高校の時からの憧れの地やったから、いつか行きたいってずっと思ってた。

テムズ川でのピストルズやら、ビッグベンやロンドンブリッジでのクラッシュやら、ヒースロー空港でのジョニーや、マルコムとヴィヴィアンの流れからのキングスロード、又そこを歩くシドの姿やら、色んな雑誌や映像で目にしてしまってたからね。

そして、モッズの森ヤンの“契約金なんていらんけん、とりあえず、ロンドンまで俺達を連れて行け!”っの結果、EPICソニー・CBS/UKから1stがリリースされた事も大きな理由。臭い言い方やけどやっぱり『聖地』なんや!って思ってた。そのモッズ in ロンドンの映像も痺れたし。

 

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P1020351_4                                                        

 





二十歳の時、こんな本も買うて、絶対にいつか実現するぜぃ!と意気込んでました。


でも、この5年も後やのに、これが唯一のガイドブックやったんやで。

穴が開くほど読んでたので、結構役立ちましたが♪




計画の段階で、嫁が、んじゃ、パリにも行きたいって話になり(俺は正直、ロンドン7泊9日とかでも全然良かったんやけど 笑)ロンドン、ローマ、パリの3ヶ国ヨーロッパツアーを申し込もうとしてたんやね。

そしたら+ジュネーブ、の4ヶ国ツアーがちょびっとしか値段変わらんだんよね。

そんで、ここで奮発せにゃスイスなんていつ行けんのよぉ?!と貧乏性が背伸びをし、海外お登りさんは意気込み、結果、ヨーロッパ4ヶ国ツアーに奮発したのであります。


多分、ロンドン→ローマ→ジュネーブ→パリの順番やったと思う。


ロンドンが最初という事で、心ウキウキも、嫁に“最初のロンドンは価値観が多分、いや絶対違うやろから、取りあえず文句言わず付いて来いと。その代わり、後はヴィトンだろうがグッチだろうが一切文句言わず付いてったるから!”と大啖呵を切ったのでした。



そして、念願のロ、ロンドン!!



ぐぁ~っと続けて書き綴りたいところですが、晩酌で飲み過ぎてピヨピヨです・・・



すんませんが、続きは又みょう~にちに。

汗だくダブルのジョニー君 T


Edit Category FASHION

一昨日のブログに、上京した時、ジョニー・ロットンの顔のシルエットがカラフルに両面プリントされたTシャツを購入って綴ったんやけど、ちょこっといじってたら見っけてビックリ!復刻なんやて!                                              

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これです。


う~ん、懐かしい!!

Tシャツは今でも一番好きで、ボタンシャツとの比率は9.5:0.5ぐらい。


 同じ様に好きな人は、バンドTシャツに限らず、自分しか解らない、キュン!ってくるこだわりのプリントやストライ~ク!って思わず唸ってしまうデザインってあると思う。

最近あんまりくすぐられる様なTシャツ無いなぁって時は「Tシャツ君」で自作したりもした。

今は眠ってるけど。だってめんどいんやもん(笑)


お陰で、数え切れやん程のお気に入りの中、生粋のお気に入りのヤツは、ちょいお出掛け位の時には絶対着やへんから、めっちゃ長持ちさん♡

そして、そんな超お気に入りのTシャツを着る時は、特に気合いが入る場所であったり、瞬間であったりするんで、その時に起こった出来事(悪事、好事問わず)や思い出が沸々としみじみと沸き上がって来たりするんよね。俺の場合。


全然意味合いは違うんやけど、類に漏れずこいつはこいつで強烈な思い出が練り込まれている一枚でありまして。

これは高校の時すごく気に入ってて着倒してて。着倒してるっていうてもELL行く時やツレのバンドのライブ行く時やライブの後の打ち上げが多かったんやけど、そんな中、隣の市へツレのライブ見に行った時の翌日の事でした。

その頃、仲の良かったツレが学校に無断でアパートを借りてて、行きもそこで学ランからこのTシャツに着替えて出向き、ライブ後もそのアパートに帰って来たんやけど、一杯やったらそのまま寝てしまい、翌日を迎えてしまった訳です。


実はその翌日というのが、中学の時のツレが単車の事故で亡くなったお葬式の日やったんよね。

そして、一回家に帰る予定が間に合わず、汗臭いこいつを学ランの下に着て参列する羽目に・・・

田舎なので当時土葬で、墓地まで行列を連ねて延々と歩いて行くんやけど、もうその道中が暑~て暑~て(汗)

他のツレはみんな上着を脱いでたんやけど、流石にこの色と柄では不謹慎極まりなく脱ぐ事は許されなかったのでした(笑)あかんでしょ・・・これは、流石に。

結果、一人サウナ状態で汗だくになりながら、頑なに只一人学ランをキッチリ着てる私がそこにおりまして、ツレのアパートに泊まった事を幾程後悔した事か・・・


そんな訳で、友達の死というのはこの時が初めてやったので目茶苦茶辛かった記憶と同時に、そんな零れ話がこのジョニー君Tシャツにはくっきりと刻まれているのでした。  

                          

合掌

HELLO HELLO !Here’s THE・・・


Edit Category 名古屋パンクシーン

昨日からの流れでずっと名古屋発パンクを聴いていたら、やっぱ今日はこれを取り上げなくっちゃと。

THE STAR CLUB  『HOT&COOL』

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それまでのシングルは名古屋のレコード屋で調達してたんやけど、何とこれは花の都大東京で購入。って言うても、東京の親戚んちに何かの用で行ったついでで。

この盤は新宿の紀伊國屋書店内?隣?にあったレコード屋で購入。

お登りさん丸出しで山手線の車内で歌詞カード引っ張り出して『SHIT』の“ギャーツクベチャクチャ、グータラグチグチ、うるせぇ腐れオ●ンコめ”で一人クックックッ!てほくそ笑んでおりました。



でも好きなライブ盤多数あれど、これも大好きな一枚。

SEの時計仕掛けのオレンジが掛かるだけで、実体験が甦る興奮だけでなく、客観的に見て(感じて)バンドと客が相対する殺伐感、そんでそっから生まれる暴発しそうな空気感、そんなヒンヤリとした何かを改めて感じれたりして今聴いても興奮する。



例えば



GOD SAVE THE PUNK ROCK

ヒカゲ「パンクロックに栄光はあれ?」

客「ゴッセーパンクロッ!」

ヒカゲ「ゴッドセ~ブザパンクロック!」

客「わ~はっはっはっはっ!」って笑い声の後、カウントに入る所とか。



KICK ABOUT

客「おらぁい、オイオイオイオイ・・」

ヒカゲ「キックバ~ウト!」

客女「オゥオゥオゥオゥ!」

客男「オッケェ、オッケェ、オッケェ」なんてのがごっちゃになってカウント入る所とか。



何か良くわかれへんけど(笑)表現に限界がありました・・・



まっ、ともかく、他にも多数客のガナリやら悲鳴やら指笛?やらが入ってたり、客に媚びず演者にも媚びない古き良きアンダーグラウンドな空気感が堪能出来て、私にとっては至福の一枚です。




余談ながら、この時の上京が毎号DOLLで目にするレコード屋や服屋に行った最初でした。


可能な限りのオシャレしていったもんです!舐められたらアカンて!

今思い出せば超こっぱずかしいカッコして。



この盤買うて、アルタにあったスイッチ行って、原宿のスマッシュ、ラ・セルダ、ラ・モスカ行って、高円寺のボーイまで行ったんやったと思う。


この時に先輩のお古(ボロボロの・・・)のラバーソールから脱却だぜ!と意気込み、初自前ラバーソールも買った。水色エナメルでバックルの。当時28,000円とかやなかったかな?清水舞台からレッツダイブした記憶があります。


それと、ジョニー・ロットンの顔のシルエットがカラフルに両面プリントされたTシャツ一枚と革ジャンに打つ鋲買ったの鮮明に覚えてる。何で覚えてるかというと、ラバーソールのお陰でその二つしか買えやんだから(笑)それで持って行った小遣いが見事に全部消えた訳です。


只、この機会逃してなるまい!って鼻息フゴフゴ言わせて駆け巡った青春の一ページだと思えれば今尚納得!



あっ!それと!かの最強V.A 『OUTSIDER』も一緒にこの時買うた。



これについては又いつの日かに綴りマッスル。

お~、テディボーイって何だぁ?


Edit Category 名古屋パンクシーン

何やゴタゴタゴタゴタしてて、ご無沙汰のブログになってしまいました。


でも無理は禁物、マイペースマイペースで行きましょ、生きましょ♪


所謂、当時のインディーズという括りなら、このバンドのライブに行く事が断然多かった。


THE STAR CLUB

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万年金欠のヘタレ高校生がわざわざお登りさんしてまで、ロフトや屋根裏など行けるはずもなく、よって、俺のライブハウスでの濃密ライブ注入の全ては名古屋のELLやハックフィンなどからの熱によって出来上がってます。


電車一本で行けたのでよく行ったなぁ。学校フケて。

ほんとレコード購入もライブも ’82年からは完全なるリアルタイム。


今でもエディや狂児は大好きなベース弾きの一人。



エディのSGに憧れ、狂児の白プレシジョンにも憧れたものの、ギブソンと、ものほんフェンダーなど手が出るはずもなく、挙げ句、何で黒プレシジョンを買ったのだと後悔する始末で(笑)

そんで何とか雰囲気だけでも!って苦肉の策で、ピックガードだけ白に塗ったりして、真逆やけどまぁええかぁ!て・・・でも結果全然良くなくて弾きながらやっぱ違うよなぁ・・って思い続けたりして(笑)


因みに、高校のバンド仲間は狂児にかぶれ、カッターで腕を切り切りしてたものの、雨の日は染みるからってサポーターを巻いてました(笑)そして、そんな姿を、ヘタレやん!って嘲け笑ってた自分は切ってる所を実際見たら握力が無くなるモアヘタレでした(笑)


メジャーに行ってからは、かろうじて達也が叩いていた4thのグラウンド・ゼロまで聴いてたけどインディーズ時代のこの音源達は今でも震えるくらい好き。


『ストリート・ジャンキー・ブルース』や『あきれちゃう』や『リヴィング・エンド』なんて共作含めやけど名古屋のみんなのモノやよね♡

でもこの曲達のちょっとした歌詞変わりやアレンジ変わりが密かに堪らんのです。


他に、オキシドールに原爆オナニーズだったり、そこから後のゴッドに繋がる流れだったり、そのゴッドは原爆オキシドール=G・O・Dから来たんだがや!なんて聞かされた日にゃ常人とは明らかに違う価値観で鼻息荒なったり、良次雄と達也がスターリンに引き抜かれりゃ、どんな音出してくれるよ~?って思いでワクワクしたり♪


そやから、実体験した分、この名古屋のパンクシーンから派生した諸々のバンドの音が今でも一番好きやな。当時のね。匂いっちゅ~か、空気感ちゅ~かが。



輸血されるならこの型がええわ(笑)

カラフルトーンな2TONE


Edit Category ニュ~ウェ~ブ

フォロワーさんが取り上げていたのでピクンと来て今日はこれ。



今は雑食も、昔はあっちモンのもこっちモンのも、だいぶ偏った音楽傾向やったんやけど、これはこれでその頃から大好き。


THE SPECIALS

Specials_2



初めて見たのは中学の終わりか高校入ってすぐかの頃やったかな。

テレビでこの『ギャングスターズ』を目にして、テリー・ホールの目が怖かったん覚えてる。

タイトル通りちんぴらちんぴらしてて。



でも、サウンドはカラフルでキュートでダンサブルで机の角、箸で叩きたい気分になる♪

『ドゥ・ザ・ドッグ 』然り 『コンクリート・ジャングル』然り 『トゥ・マッチ・トゥ・ヤング』然り  『リトルビッチ』然り、案外ダークな気分の時頼ってる傾向強し(笑)



2009年のサマーソニックの再結成も純粋に楽しめた。ちょっと見に行きたかったもん。客めっちゃ楽しそうで・・・



ちなみに俺のメール着信音は『リトルビッチ』でちょうど、ワンツー!!の所で止まる様にしています(笑)

そんで受信の度、毎回ちょっとノリながら最後まで鳴らして、一緒に、ワンツー!してしまうのでした。

28年前のエアポケットで熾った狂気


Edit Category インディーズ Tagged  思ひで回顧 

当時、電動コケシとスターリニズムは入手出来ず、泣く泣く借りて録音したんやけどこれはゲット!

THE STALIN   『TRASH』

Trash



これ聴いて以来、ツレが、ライブの度、“ハウッ!!”ってしつこいくらい吼えてた(笑)           


これから随分と虜になり、高校生活音楽編では絶対に欠かせないバンドのひとつ。

そんな中、オラが田舎町にも高3の時、町の文化会館にスターリン来場!!

しか~し、その文化会館がキャパ1300人程の大ホールで(笑)


スターリンVS○○○○!ってその相手が名前は勿論、風体も全く記憶にないんやけど、雰囲気は微かに覚えてる。日本版アースウィンド&ファイヤーか?みたいな?意味わからんグループとの対バンでした。

それが俺の初スターリン。でも、あのブッキングは一体何やったのやら・・・


でっ、そのなんちゃらバンドが終わった後、興奮の中、一曲目が「メシ喰わせろ」やったかな。前へダ~ッて押し掛けてスンゴイ弾けまくった。気分はライブハウスで。

正直地元にこんなにファンいたんやって驚いたの覚えてる。客席前の1ブロックだけやったけど(笑)


でも、今、年表見ると、そのすぐ後、大阪のスタジオあひるや京大西部講堂でやってるし、ほんとこのエアポケットの様な、とんでもブッキングのド田舎ライブを勤め上げてくれたミチロウ初めスターリン各々方に今となれば申し訳ない思いでいっぱいです・・・謝謝!

カウント4デデンセンシマシタ


Edit Category こっちのパンク Tagged  インディーズ 

昨日の流れからこれ。


チフス

Typhus


Tys2





結成は’80年10月。

って事は俺中3・・・たまげる。



高校の時、一番最初に聞いたのがポリティカルから発売したソノシート。

ブログのサブタイトルしかりで俺の中では色んな音楽聴いてきたこの人生で3本の指に入るバンド。

当タイトルしかり、カンタンニデンセンシマシタ。

最初の香港ガールのカウントで。いとも簡単に。



今を持って類を見ないと思う。日本で最初のハードコアパンクバンドってのに誰も異論は無いはず。



DOLLでのコメントで 「オーディエンスのうけをねらった最近のバンドの音にうんざりしてもっとストレートでインパクトの強いパンク初期の頃の“衝動”をかんじさせる“びんぼうゆすり”の様な音を出したい」 ってあるんやけど、まさしく言い得て妙。



今聞いても小刻みにびんぼうゆすりから始まる。



ソノシート発売時、V.イズミ/18才、G.タム/22才、B.シン/19才、D.タク/21才

俺も超遊びながらバンドをしてたので、その同時期に少し年の上の人達がこんな音を当時掻き鳴らしていた事実。

この興奮と驚嘆は自分にしかわからん事なんやけど・・・すんません。



そういう意味では、メジャーシーンへの興奮は一世代離れたお兄さん方?への畏怖と興奮やったのに対し、インディーズは年齢が同世代やちょい上の人達も沢山いて、時代の流れを共感出来る興奮と驚嘆やった。

然るに、その時その時に、Oh~!シブイ!って思ったバンド(曲)を次々コピーばっかしやってる自分のバンドの軽薄さを日々憂いてましたが(笑)ま~これはこれで楽しかったんやけど。


でも、その時感じた同時期衝動は今も色濃く引き摺ってるし、全然色褪せやんし、時が経てば経つほど“あの時代(自分達もやってた時代)にあの音やもんな~、う~ん、感服・・・”って、聴く度に毎回ひれ伏しちゃうのです。



入手可能な音源は全部持ってるし、今も聴きながらキーボード叩いてるけど、やっぱ、Voがイズミの頃の初期、ケンの中後期問わず、このバンドに感じた初期衝動の殺伐とした空気感が好きなんやな。って改めて気付かされるのです。

その後のイズミ、タム、シンの掻き進むシーンへと繋がる空気感と共に。



ライブLPはもうあきらめたけど、当時の映像ってどっかに残ってないんかなぁ~



見たいなぁ。

モア通販な日々日々


Edit Category 書籍・雑誌 Tagged  思ひで回顧 

高校合格が決まり、遊び呆けていた中学の最後の頃だったか?大阪へ遊びに行った時、たまたま、ほんとたまたま表紙見て飛び付いてその後長~い付き合いになった雑誌


DOLL

P1020336                    

飛び付きますわな、こりゃ、



ジョーの表紙の2号から買って、ジョン表紙の3号へと、そっから熱狂一直線だったはずが結構・・・どころかだいぶ抜けてる・・・隔月発行やったのでのんびり構えてたら、すっかり売り切れてたりして買いそびれたり、当時のバンド仲間に貸したまんまやったりで・・・


でも、この本との出逢いが、正にその後、長~く付き合う事になるインディーなシーンとの出逢いでもありまして。

通販、通販、モア通販で!!

近所のレコード屋にも貸しレコード屋にもあるはずのない音源をしこたま求めました。          


その中でも大変大変お世話になった下記3レーベル!

P1020330ポリティカルでございます。言わずもがなですね。下にちっちゃく「電動コケシ/肉」は売り切れましたとあります(笑)あら、残念・・・






P1020333_2シティロッカーでございます。アウトサイダーのジャケ未定時、スタークラブライブレコーディング予告、後の「HOT &COOL」やね。


P1020335             

ADKでございます。マスベに奇形児!タム発信!


HOT ★GROUPS ではチフス、ラフィン、カムスがお目見えで

p1020326_3.jpg 

P1020332

 

 

チャレンジインタビュー 記念すべき 連載第1回はミチロウでした。

p1020327_2.jpg





自主制作レコード・リスト 永久保存版パート1とか言うて、こんな特集組まれたらあかんわな。お陰で少ない情報の中、ジャケ買いし放題やった。
でも当時ソノシートが多くて、200~400円でお財布には優しかったのよ。
P1020329


PS:

かく言う私も当時ADKからリリース予定だったチフスのライブLPを予約して前金で送金済みで楽し~みに待ってたところ、例のタム失踪事件でお蔵入りになってしまって被害者になった一人です(笑)

この時代、タム発信の音源に随分痺れさせてもうて、それが今も全く色褪せず残ってくれている。深謝の一言!

でも正直チフスのそれがリリースされなかった事だけが今でも心残り。

もっともっと追い金してもええから欲しかった・・・

タムの口からもう何も聞く事出来やんし・・・

しっかり胸にしまっときます。


ありがとう、タム。 合掌。

 

 
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もう、残りの余生は細胞の欲する音のみを聴いていくのです。

 
 
 
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