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人生さそわれるうちが華

58ビョウ デ デンセンシタ オイチャン ノ アジト

 

ヤンキーオアパンキー


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中学の時、これもJに貸してもらった。



アナーキー  『アナーキー』

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アナーキーの1st。


今思えば、このバンドは最先端だったのか?早すぎたのか?これはちょっと解釈が別れるんやろな。

俺はめっちゃ痺れたけど。

ピストルズの王室批判を真似た捻り。

今の時代ならどうなってたんやろ?大した事ないんかな。

再結成のANARCHY LIVE 1994のビデオでは思いっきり言うてたし。

思いっきりニンマリしたけど。



でも当時はピ~!の正体を必死で想像したり、調べたり、学校の先生にも聞いたもんね。答えは教えてくれへんかったけど(笑)

クラッシュ初め、あっちモンを日本語でのカヴァー?コピー?の捻り。

これは今はもう在り来たりやな。って事は、いの一番の走りやな。

でも、当時はチャックベリーとクラッシュしかわからんかった。

スティフリトルとイーターは後聴きやったし、スティフリトルに至っては種明かし知る前に聴いたから“これ、アナーキーの3・3・3やん?”って思ってしまった。ほんま失礼なこってす。



まあでも他のオリジナル曲もファッションも扇動性もやっぱオリジナルやったって俺は思う。そういう意味では紛れもなくパンクやったと思てます。

思てたからこそ、同時期、横浜銀蝿が出て来て鞄に銀蝿ステッカー貼ってるヤンキーに対抗して俺らはパンキーや!言うてジャケットよろしくスプレーで鞄にシュ~!して切磋琢磨してたんよ(笑)

でも、この時代タレントロボットがダメで季節の外ではええのやろ?

アイドルの世界さすが強しやったんやな。千春ちゃん可哀想やんか(笑)


当時見てたFighting 80’sの興奮が今はDVD(ライブ帝国)で堪能出来るけど、マリは今見てもカッコええね。

でも伸一がヤマハのSG持ってんのあれは無し(笑)

TAKANAKAやないんやから・・・

あっ!それとホワイトライオット、作詞曲アナーキーこれも無し(笑)

稀にみる積極性


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高校へ入ってすぐの頃、昼休みに教室でこれが流れていた。


RCサクセション 『EPLP』

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昼休み購買にパン買いに行って教室戻ってきたら『ステップ』がかかってたんやったな。


中学の弁当の時間はビートルズのオケがふんわりとかかっていた味気ない昼下がりやったから、やっぱ高校はちゃうなぁ!って思いとナイスセンス!の思いから一気にメシ食い上げ、放送室に駆け込んでかけたヤツを探して話し掛けた。

ヤツ言うても先輩やったけど(笑)当然やわな。

んで、友達になった。

珍しく俺から話し掛けていったんよなぁ。それも年上に。

今考えると何と積極的な事でしょう。

今ではこの積極性が一万分の一もおまへんが(笑)


でもこの盤、色んなバンドのベストアルバム数有れど、大好きなベストアルバムのひとつ。

今でも。

三位一体の絶叫


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中3の頃、Fighting 80’で初めてRCの「ようこそ」を聴いて(見て)度肝を抜かれ、その後これを聴いた。

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RCサクセション 『RHAPSODY』



今でも大好きなライブアルバム。


後に完全版の「RHAPSODY NAKED」もリリースされてファンとしては又当時が甦ったもんです。



中学の時組んでいた自分のバンドが全然演奏上達せず、最後の文化祭での演奏を泣く泣く断念し、指をくわえて友達のバンドを見る事になり・・・その壇上で俺に衝撃の一枚を貸してくれたJがリンコよろしくオープニングのベース(ようこそのね)をアドリブで唸らせた時、悔しさと羨ましさと熱狂とが入り交じり、キヨシ君ばりに“イエ~ィ!!”って絶叫した思い出。

でも叫んだの俺だけで浮いた声が体育館に鳴り響いてちょっと耳赤なった(笑)

今でもこのオープニングベース聴くとその頃を思い出し懐かしくて毛穴が開きます♡

ガン見の週一


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Fighting 80’sって番組で国産テクノ以外の沢山のバンドを知って、惹かれていった。

アナーキー、RCサクセション、モッズ、ARB、ルースターズ、等々。

この瞬間から延々と今日まで30年以上大好きでい続けれる日本のロック、パンク、めんたいビート、これらを初めて知る事になり、この系譜からより一層、他の日本のロックやパンクにも目覚めていった訳です。


キッスで受けた衝撃、ピストルズで受けた衝撃があり、この衝撃。


この衝撃とは日本語でのロックやパンクを初めて聴いた事。サウンド面での衝撃っていうよりまずは日本語の衝撃。


音プラス歌詞っていうモンがす~っと耳から入り、それは共感する事やったり、こんな事歌ってええんか?的な事やったり、そんな言葉が心にザクッと次から次へと入ってくる。そんな感じやったな。

ずっと洋モン聴いてた頃は、対訳の歌詞カードあってもどっちかっていうと音そのものに惹かれてたし、歌詞に共感っていう感じはなかった。

対訳見ながら洋モン聴いた事なんか無かったし、どっちかいうたら一生懸命英詞を歌える様頑張ってカタカナに変換してた(笑)

洋モンの歌詞をまじまじ見出したのは高校になってからやったんちゃうかな。

それもこの頃に日本語の歌詞に共感したから、歌詞も重要やで!って思ったんやと思う。


この番組は、毎週の放送が次はどんなバンド?来週は?ってほんま楽しみにしてた。

でも当時はビデオデッキなんか無かったから、週一回の放送瞬きせず間近でガン見してた。

まさしく、一挙手一投足脳裏に焼き付けてたなぁ。


今はライブ帝国っていうDVDで当時の映像がお目にかかれる。(ほとんどがデビュー後間もない時期。モッズなんてデビュー前やで。たまらんやん。)

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パンクや思てたら、テクノやで、テクノ~って言うとったのに次は日本語ロックかい!っとお思いの貴兄には今度こそ呆れ果てられるところでしたが、きちんとテクノバンドは継続しておりました。

只、どうしてもベースをやりたいK君の情熱に絆され、私は新品のベースをそのままにシンセサイザー(通称エレクトーン(笑))をピコピコしてました。

でもこの暫く後、貯金引き出し作戦(お年玉はベースに消えたのでね)を再び、お袋に敢行し、長い交渉の末、例の殺し文句“高校受験をしっかりやるから頼むわ~ほんまに~(しめしめ2)”で見事に落とし、KORG  MS-20を購入し、バンドは無事継続していくのでありました。とさ。心配御無用!

YES!WE CAN!(パクリ)


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Fighting 80'sで国産テクノが放映され、俺がそんな中、好きやったのはプラスチックスとP-MODEL。

プラスチックスはイラストレーター、スタイリスト、デザイナーなんかを本業としている人達が集まってのバンドやったから格好も何か大人大人でおっしゃれで。

当時の写真見ても、トシは髪の毛逆立てタイトスーツにバッジいっぱい付けてラバーソールはいてるわ、ハジメちゃんは前髪にメッシュ入れてモッズスーツ着こなしてるわ、まーちゃんは見た事もない格子模様のつなぎ着てるわ、みんなカッコ良かったわ~。

(思い出した。まーちゃんの掛けてたサングラス当時欲しかったなぁ。あぶない刑事の柴田恭兵が掛けてたみたいなヤツ、プッ!)

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この写真はあんまファッショナブルちゃうけど  



リズムボックスの音が新鮮でまーちゃんのシンセのピコピコは勿論、ミステリアスな感じもあったりで、でもちょっとパンキッシュでもあり、肩の力ぶるんて抜けた、ラフでパーティバンドの延長って感じでハマっちった。


『PATE』 パンキッシュやろ~! 



平沢 進率いるP-MODELはプログレバンドが母体やっただけに、ちょっと異色でロック色を強く感じてカッコ良かった。リズムボックス主流の中、強烈なドラムとベースやったし。

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胸のP、ポリシックスは影響受けてんの?やろな。 


ロックバンドにモノフォニックビンビンのシンセの乗っかかりが俺にはドンピシャ来てこっちもどっぷりハマっちった。

『美術館で会った人だろ』 モノフォニックビンビンやろ~!! 



この類には同じく惹かれたヤツもいて、何か自分らも出来そうなチープさやったので、んじゃバンド結成しよっかぁ!って。

当時スタジオなんかほんと少なかったし、あってもめちゃ高かったからドラムで躓いてた。

リズムボックスなら6畳一間で出来るもんね。

でも、記念すべき初バンド結成がハードロックでもパンクロックでもなくテクノポップ(笑)

えらいトホホちゃんやけどこれ又ほんまやったのでしゃーない。


パンクやで、パンク!!って言いながら舌の根も乾かぬ内にテクノってなんだよ~ってお思いの貴兄もいらっしゃるとは思いますが、色んなモンが喰いたい柔軟なお年頃でしたので。

カッコよく言えば、とりあえず理想よりまず行動やった訳です。

YES!WE CAN!(パクリ2)


そんな訳で、今は亡きタムもチフスと平行してテクノバンド組んでたという事にも免じて、そこんとこ堪忍してやって下さいまし。

ニュ~ウェ~ブに流されるの巻


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ピストルズ知ってからクラッシュ知ってストラングラーズ知って俺もバンドしたいなぁ・・・って思ってたんやけど、音楽聴くのとバンドやるのは又別モンっていう考えも一理ありやわな。

案の定メンバー中々揃わずで、何だかなぁ・・・って思ってた日々に又浮気もんな俺に新鮮な音楽が入ってきた。それが・・・YMO(笑)

ギターガンガン、ベースビンビンの音楽ばっかし暫く聴いて来て、何や濁りの無い澄んだ音色のイエローマジックなオーケストラが心地良~て、心地良~て。でも俺こんなん聴いてる、浮気してんなぁ~って思ってた(笑)

でも、バンドとしては正直こんなんしたいとは思えず、んなもん、出来へんやろて。

そやからほんと名の通りオーケストラ聴いてる感覚で聴いてた。ほんまもんちゃんと聴いた事無いけど。

でも結構聞いてたわ。気持ち良~て。

そうそう、『テクノポリス』の“トキオ~”っていう所、ずっと“パピオ~ン”って思ってた(笑)

テクノっていうコトバもここで知った訳やね。



そんな中、中学3年の頃に、ある音楽番組を知って又世界観がグンと広がった。

その名は、『Fighting 80's』 宇崎竜童の司会のね。

そこで国産テクノポップを初めて目にする事になったんよね。

YMOとは又違って、素敵にチープでコミカルでちょっとパンキッシュで新鮮やったです。



続きは又みょうにちに。

一石二鳥のプレシジョン


Edit Category 楽器

ベースもちょびっとだけ弾ける様になったので自分のベースが欲しくなってたそんな頃、初めてシドが白のプレシジョン (ピックガード黒)を持ってる写真を目にした。まっ、今でいうトレードマークのスタイル。

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まっ、カッコええわな   


そんで最初のベースはこれがええ!って決めて楽器屋に見に行ったんやね。予算立て何も考えず。


そしたら、同じのは無くて黒ボディーで黒ピックガードのがあった。迷いに迷ったんやけどジーンのベースが真っ黒やったん思い出してこれなら両方ええとこ取りやと(笑)

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ほらっ、真っ黒! 


その後、お年玉貯金解約作戦を暫くお袋に頼み込む日々が続き、結果、高校受験をしっかり頑張るから頼むわ~(しめしめ)の条件で交渉成立!

当時フェンダーやギブソンなんかは高嶺の花でトーカイかグレコやった。

俺がそこで見たのはトーカイ。

4万ぐらいやったかな?勿論一番下のグレードね。

シドのはフェンダーやったけど当時フェンダージャパンなんか無かったし、トーカイのTがフェンダーのFに似てて(笑)こっちにした。


初めての高い買いもんでお年玉無くなってしもたけど気分はフェンダー持ちやったです。

フーリッシュな噂


Edit Category SEX PISTOLS Tagged  思ひで回顧 

ピストルズを知ってキッスの時同様、色んな情報を求めて、っていうてもパソコンなんかある訳ないから本屋行くぐらいやった。

当時もう既にシドはおらんかった。それもたぶんその頃知った。

でも単純にこいつらの写真が見たかったんよね。

そやから、そんな音楽誌に載ってりゃ少ない小遣いの中買うては切り取ったりしてた。

そんな最中、Jからこんなトンデモ噂を聞かされた。

“ピストルズのメンバーはステージ上で“ドラッグ”を飲んでいるらしい”・・・

この飲んでらしいがええ感じやな。今思えば。 飲むもんか?て(笑)

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こんなんですわな。(参照)

今考えればアホらしく笑ってまうけど、シドがこいつの犠牲になってしまった事ともシンクロし、その当時は全く疑う事なく、“げっ、マジかいな、やっぱこいつもヤッバイ奴らやのぉ”って勝手にミステイクな偶像化をしてた。

耳にする“ドラッグ”というキーワード自体“何かヤッバイものなんやろ~けどどんなモノなんや?”ってな程度の知識やったので勝手にビーカーに入った真っ黒い液体をぐびぐび飲んでる姿を想像してた(笑)


シド君ごめん!!


お詫びにJに送り付けとくわな。ユ~!ライア~!

嗜好の確立


Edit Category SEX PISTOLS

中学2年の時、洋楽の話出来る友達Jから教えてもらい初めて耳にした。

まさしく、今の今、齢46まで変わらずこのジャンルから派生した音楽にどっぷりと浸かる様になった始まりの一枚。


そういう意味では紛れもなくオレの中での歴史的な一枚。

『NEVER MIND THE BOLLOCKS』 “ 勝手にしやがれ”  

SEX PISTOLS

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この手の音楽好きな人にはまさしく普通で、ベタで、なんやろうけど本当にオレもそうやったからこれ又仕方がない。

リアルタイムからは実際2年遅れぐらいで知った訳やけどね。

それは後で知る事になるんやけどシドが逝った年やったんよね。

でも、実際知る以前にこのジャケット、何かミュージックライフか何かで見た気がしてて、ジャケットインパクトからして多分脳のどっかに残ってたんやと思う。


針を降ろしました。

それは、小学生の時、キッスを初めて聴いた時の衝撃とは全く異質の衝撃。

初っぱなの『HOLIDAYS IN THE SUN』で行進音の後のドラムが何か機関銃みたいに聞こえて、強烈なリフの後、“あどわなっほぉりで~いんにゃさんにゃ”ってチータよろしくの異質の声が今思えば何か怖かった。ブルッと身震いした感覚。

そやから俺のピストルズの最初の刷り込まれは『ANARCHY IN THE UK』でも『GOD SAVE THE QUEEN』でもなく断然これ。

まさしくこっから。そやからこれが今でも一番好き。


HOLIDAYS IN THE SUN




でも当時は何か怖かった・・・っていうのが正直な気持ち。


バンド名も当時の田舎の童貞坊主には刺激が強くって、何かあかんもん聴いてるんちゃうかって罪悪感みたいなモンもごっちゃ混ぜになったりして(笑)

その証拠に、その時はJに借りて、カセットに録音して聴きまくってたんやけど、やっぱり自分のレコードが欲しくて、オヤジとレコード屋行ったらあったんやけど流石に頼めずお年玉でこっそり買うた(笑)“SEX”って文字が余分なんやよなぁ。KISSの次がSEXて!って恨んだりして(笑)


でも、ほんと強烈過ぎるインパクトでしたよ。


これ聴いてからキッス以外のそれまで浅く広く聴いていた洋楽音群の大半、歌謡曲の大半は余り聴かなくなった。いいと思ったものは変わらず聴いてたけど。

っていうよりその薄れるべく大半を普通に聴いてる最中、やっぱピストルズ聴きたいわ!こっちの方がええわ!ってなってった感じで。

凝るとしつこい性格なんで。昔も今も♪

これがまさしく種となり、諸々のUKパンク、NYパンク、日本のパンクにも目覚めて行く様になり、それを今日までそれを色褪せる事なく引き摺っているのであ~る。



因みに、これは発売30周年記念盤。

オリジナル盤は高校の時貸した友達が訳ありの家族一同での引っ越しで(苦笑)持ってったまんま(涙)

別にコレクターでも何でも無いけどこれだけは帰って来て欲しいな。

そんな訳ありの引っ越しやったから未だ音信不通なんよね・・・

んで、悔しいからこれを買ったの!

安穏な日々


Edit Category 思ひで回顧

中学校に入ってからはやっぱりザ・ベストテンとかの影響で大半の周りのみんなと同じ様に沢山の歌謡曲(今でいうJ-POP?)も聴く様になった。

ジュリーに永ちゃんにツイストにサザンに甲斐バンドやチャー。八神純子、原田真二とかもいたなぁ。

そういえば、それまでテレビ出演拒否してた
甲斐バンドが『HERO』を何かどっかのスタジオから中継されてテレビ初披露とかでやった時は、当時の甲斐よしひろが当時の俺にはすっげぇ大人大人でめっちゃかっくい~!って思ったの覚えてる。

う~む、安穏であった。


中学2年までは、洋邦問わずとりあえずいっぱい色んな曲やバンドを聴いてた感じやった。

勧められた洋楽のロックもかっくい~て思えば聴くし、テレビで目にする歌謡曲もえ~やんって思うものは聴く。そんなスタンス。

ほんと節操なく浅~く、広~く。

別に特別人と違うモノ聴いてた意識もなく、特別自分の世界に入って悦に浸っている訳でもなく、でもちょこっとしたこだわりだけはあったり。


う~む、,やっぱり安穏な日々だったな~ってつくづく感じる。

でも、このサラ~って流れていった日々が、あんな衝撃の開戦前夜になるとはほんと夢にも思わなかった・・・

 
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Author:みん
もう、残りの余生は細胞の欲する音のみを聴いていくのです。

 
 
 
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